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昔の川柳と現代の川柳 [川柳]

 
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サラリーマン川柳などで今でも川柳は人気がある。しかし、昔はプロの川柳家というか、川柳で一家をなしていた人がいたのに、今はいるのだろうか。あまり聞かない。プロの俳人は大勢いるが、これはどういうことなのだろうか。俳句と川柳は、俳偕連句が親であるところの兄弟である。しかし現代において、この二つは置かれている状況が大いに異なるように見える。

酒とろりおもむろに世ははなれゆく
身の底の底に火がつく冬の酒  川上三太郎
 「うまい!」と思わず声を出したくなる。おかしいがどこかペーソスみたいなものがあるのが、並みのものと違う。
このさきを考へている豆のつる   雉子郎(吉川英治)
これもうまいなぁと思う。川柳は人の作ったものを読むほうが楽しく好きだ。自分で作るのは苦手である。時事句のつもりで詠んでみたものなどは、自分があとで読んでも何のことやらわからないことが多い。

背くらべ手を和らかにさげてゐる
どっかりと寄る浪人の年    
 二句とも武玉川である。誹風柳樽には、難しいものが多いが、武玉川の方が読んでいていいなあと思う。長い時を隔てても今に生きている感じがある。
上燗屋へいへいとさからわず 當百
 関西の岸本水府なども独特の味があって良い句がある。

 現代の川柳は、自嘲句のようなもが比較的多くしかもやや滑稽味が追及され過ぎ、独特のしみじみ感が薄いような気がする。

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親類の子も大学を落ちてくれ [川柳]

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親類の子も大学を落ちてくれ
「番傘」の句である。
自分の子が大学受験に失敗した。悪いけど頼むから、同じように落ちて付き合って欲しい。そういう句意だと思ったら、そうではなくて親類の子も、なんと付き合って落ちてくれた、優しい子だ、というふうにも読める不思議な句だという。
なるほど、前者はやけくその、やってはいけない密かな願い事。後者は、そうか、うちの子に付き合って落ちてくれたか、とこれも良いことではないが何となくほっとしているさま。両方とも親バカのおかしさ、ペーソスが漂う良句。作者は、残念ながら知らないが、頭の何処かに残っている。

「番傘」は、西田当百を中心として1913年(大正2年)設立された「関西川柳社」の川柳誌である。関西川柳社は、当百の引退した後に岸本水府に受け継がれて、社名も「番傘川柳社」、「番傘川柳本社」と変更される。関西川柳界の「本流」と言うべき、伝統的川柳結社である。
創刊した西田当百(にしだとうひゃく)は、1871年(明治4年)福井県生まれ、川柳作家。1944年、73歳で歿。
「大正川柳」を創刊した井上 剣花坊(いのうえ けんかぼう)1870年(明治3年) - 1934年(昭和9年)、川上三太郎(かわかみさんたろう)1891年(明治24年)‐1968年(昭和43年)や吉川雉子郎(よしかわきじろう)後に吉川英治、1892年(明治25年)- 1962年(昭和37年)らに代表される東京川柳に対する関西柳檀の大御所である。
当百の代表句 上かん屋ヘイヘイヘイとさからはず は、法善寺横丁の「正弁丹吾」の店前に句碑が建っている。
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大阪の上燗屋は今で言う関東煮(かんとだき=おでん)屋であるが、昔は立ち飲み屋、ファーストフードならぬファーストドリンクバーである。回転率こそ儲けの源泉だから、客のごたくに逆らってはいけないのだ。

岸本 水府(きしもと すいふ)1892年(明治25年)- 1965年(昭和25年)は、三重県生まれ。川柳作家。壽屋、グリコ、福助足袋などのコピーライターとしても活躍した。なかでもグリコの「一粒300メートル」1936年が有名である。
当百のあと番傘川柳社を引き継ぎ大正・昭和初期の関西川柳の革新を志し発展させた。
水府は「川柳は娯楽に非ず、文学なり」とし、川柳に「詩性を」と説いた。また川柳に対する世俗の偏見を是正するため、具体的には、不真面目な柳号、天地人の階級廃止、懸賞の追放を行う。番傘の主催する川柳大会では賞品は一切出さないとした。

  洛北の虫一千をきいて寝る      岸本水府

活眼をひらくとゴミが眼にはいり 井上剣花坊

馬顔をそむけて馬とすれちがう 三太郎

貧しさもあまりの果ては笑ひ合い    吉川雉子郎

数年前に、読売文学賞および泉鏡花文学賞を受けた田辺聖子の「道頓堀の雨に別れて以来なり(上・下)」を読んだが、この本は、岸本水府を中心とする関西川柳のことをあますことなく活写していて面白い。
田辺聖子には、ほかに「川柳でんでん太鼓」もあり、現代作家の中では数少ない川柳の良き理解者の一人である。実作はしないが、川柳鑑賞、読み「巧者」である。

西田当百、岸本水付らの「番傘」は、番傘川柳本社が発行する川柳番傘誌として今も綿めんと続いている。現代の番傘川柳本社も、全国各地に会員が多勢いて盛況のようでご同慶の至りである。東京の「大正川柳」は、後に「川柳人」に改題したが、不幸にも、掲載された鶴彬の反戦句が治安維持法違反とされたため、廃刊に追い込まれたことを見れば、こちらは、まこと喜ばしいと言わねばならない。

番傘川柳本社のHPをみると、川柳番傘は、創立者岸本水府理念のもと、川柳文学の研究、川柳の作句ならびに普及を目的とし、毎月発行していますと書いてある。
ちなみに川柳番傘誌は、一冊700円 、送料 84円。半年分4,500円、一年分8,400円とある。
http://homepage3.nifty.com/bangasa/

そして創刊は上述の通り1913年だから、来年がめでたく創刊100年になる。

さて、冒頭句の二つの意味を持つ妙句が他にも無いかと、探しているが見つからない。そこで無理やりひねってみたら一句出来た。

コンビニや愛妻弁当温めぬ 杜 詩郎

自句解説。
①コンビニでは、弁当などを買うとあたためますか?と聞いてチンしてくれるが、愛妻弁当を持ち込んでも断られる。
②失業してコンビニで売り子のアルバイトしている男が、ひそかに客用のレンジで愛妻弁当を温めている。

うん、?ダメか。

はんびょうにん [川柳]

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 昨年(2008年)来、体調不良が続くなか友人に近況報告を戯れ句でメールした。
 まずは、「半病人」 朝寝して昼はうたた寝晩早寝
 横になると少し楽になるのでつい寝る。そのぶんだけ生活の質(QOL)
が低下することは避けられぬ。
 二つ目は、最近読んだエッセイに半猫人という語を見つけたので、ひょんなことから飼い始めた猫に遊んで貰っているさまを詠み、
 「半猫人」 古希近し猫に教わること多し

 三つ目は 体調不良ながら好きな絵の教室だけは(週一度)、休まず通い続けたのだが、相も変わらずいっこうに上手くならないので、はんびょうにんの音韻連想で、
「半描人」 淡彩や5年習ひてなを半端

 メールを見た友人の呆れ顔が目に浮かぶ。これじゃちっともしみじみしてないじゃないかと。
タグ:半ビョウ人
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