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新田次郎・藤原正彦著「孤愁 サウダーデ」 を読む [本]


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「孤愁 サウダーデ」(文藝春秋 2010)は 新田次郎 (1912-1980 67歳没)の死去により未完となった小説を、30年後に息子の藤原正彦(1943~ お茶の水女子大名誉教授 数学者)が書き継いで完成させた。
ほかにも小説の合作というのがあるものやら、不学にして知らない。かりにあったにしても、親子というのは珍しいのではないか。
森鴎外と於菟、露伴と文(あや)など親が小説家で子が随筆家というのは多いが、親子とも小説家というのはいられるのだろうか。
親子作家といえばアレクサンドル・デュマなどがすぐに頭に浮かぶ。「モンテクリスト伯」のペール(大デュマ)と「椿姫」を書いたフィス(小デュマ)であるが、小デュマは脚本家だったという。
親子で画家、音楽家であったりするのは、環境やDNAを考えれば自然であってそう珍しくはないけれど、コラボしたとか共同で作品をものしたというのは、あまりないとみえて聞いたことがない。

藤原親子の例は珍しかったし、引き継いだ子が作家でなく数学者だったから、自分は知らなかったが、刊行されたときは話題になったようだ。
正彦の母、つまり新田次郎の妻藤原てい(1918ー2016 98歳没)には、(自分は読んでいないが)「流れる星は生きている 」の著書がある。
新田次郎は気象庁の気象学者だったが、妻の小説が売れるのを見たことが小説を書く動機の一つだったらしいから、まあ変わった家族ではある。

藤原正彦は「国家の品格」、「管見妄語」など随筆家としても知られる。「管見妄語」は週刊新潮連載のコラムを単行本化したもので何冊か読んだことがある。自分は、たしか近刊の「出来すぎた話」を読んで知り、この本(「孤愁」)を読む気になった。

さて、その「孤愁」は、ポルトガルの軍人、外交官で文筆家だったヴェンセスラオ・デ・モラエス(1854-1829 75歳沒)の評伝である。
モラエスは、明治後期に来日し神戸でポルトガル領事をつとめた。、日本の自然、文化、女性を愛し、その日記や日本を題材にした著作で、日本の素晴しさ、日本人の美徳を世界に知らしめた。
リタイア後、神戸から徳島に移住し、亡くなった日本人妻の墓守のように暮らしその地で没した。
文学者でもありあまり知られていないが、「もう一人の小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)」といわれている。
題名の「孤愁 サウダーデ」とは、「愛するものの不在により引き起こされる胸の疼くような思いや懐かしさ」のことという。
ポルトガル人が特に強く持つ心情とされるが、ロシア人など他の民族も持ついわば万国共通の一般的なヒトの感情であろう。似たものにはメランコリー 、無常感 、憂愁 、悲愁 、哀愁 、憂鬱 などがあるが、郷愁とともに語られるところが特徴的と言えるか。

「孤愁」は、文藝春秋の単行本では、630ページ。422ページまでが新田次郎の書いた部分だから、藤原正彦は後半三分の一を書いたことになる。

読む前から当然文体の違いからくる不自然はないか、書こうとしたことが変わってしまってはいないかなど気になったが、小説技法など知らぬ自分にはあれこれ言う資格はない。
長い時間をかけて父と同じ取材をして資料を集めて書いた、と言うだけに読んでいてそれなりに面白い。
藤原執筆部分は、今の日本人が忘れている日本の良さ、日本人の美徳に触れた箇所が随所に出てくる。「国家の品格」の著者である、藤原の個性が色濃くなっているのは何やら微笑ましい。

父新田次郎が心筋梗塞で倒れたとき、藤原正彦は36歳の数学者で、新婚ホヤホヤだった。父の無念を思い、引き継いで書くと宣言したものの直ぐには書けなかったという。その後30年間、資料を集め続け、ようやく、新田次郎がこの「孤愁」を書き始めた年と同じ67歳で、物語の続きを書き始めることができたと述懐している。
とくに後半は主人公の晩年を書くことになるので、36歳では難しかったろう。若者が「死にゆく者の孤独」を描くだけでも、それなりに想像力が求められる。まして67歳の父が何を書こうとしたか、テーマに迫りながら文体も近いものにするのは至難だったに違いない。

あとがきで藤原は次のように書いている。
「確かに難しい仕事だった。当初の父の書いたであろうようにというのは早々に諦めざるを得なかった。どうしても別個の人格が出てきてしまうのである。父が全力で書き、そのバトンを受けた私が全力で書く、という作品となった。

さらに藤原は「父の無念をやっと晴らした 」という想い、「父の珠玉の作品を凡庸な筆で汚したかもしれない」という危惧を持ちつつも、「一つだけ確かなことは、父との約束を三十二年間かけて果たした安堵感である。」とあとがきを結んでいる。

家族から離れ異郷に単身骨を埋めた主人公の「孤愁」と藤原一家の家族の結びつきの強さが、読み終えて対照的につよく心に残った。
この読後感は、藤原の父への強い思慕、母ていの三人の子を引き連れての引き揚げ潭、「管見妄語」に記された正彦家の家庭の話などに影響された自分だけのもので、きっと正しい読み方、良い読み手ではないような気がする。

なお、自分は新田次郎の小説を読んでいない。似たタイプの吉村昭、城山三郎などは何冊か読んでいるのだが。作品一覧をみてもあまり読みたい本がなさそうだ。「孤高の人(1969)」、「剣岳 ;点の記(1977)」といったところか。


蜜柑の接ぎ木 [自然]


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はじめての接ぎ木は二年前の春(27年4月)だった。一年目は、かぼすの台木に接ぎ木した柑橘類14本全部枯死して完敗したが、昨春二回目は28年4月20日に接ぎ木したところ、ついに二年目にしてやはり14本の穂木のうち1本から芽が出た(芽デール28.6.11)。そのことを興奮してこのブログに書いた。

2年目、芽デール!
http://toshiro5.blog.so-net.ne.jp/2016-06-13

その後他のもう一本の穂木から芽が出たが、夏を過ぎて秋頃までに残念ながら二本とも芽が枯れてしまった。
やはり我が素人技術では無理と思い知らされた。接ぎ木の初歩的な技術を教えてくれて、穂木を熊本から二年連続で送ってくれたM君にこれ以上迷惑はかけられない。
まして彼のところは28年4月の地震の激甚な被災を受け、かつての日常を取り戻すのに何かと落ち着かない状況下にある。

29年3月5日、メールで今年(三回目)はやめると申し出る。

事実上の敗北宣言をして1ヶ月あまり、29年4月17日、昨年発芽して枯れた穂木から新芽が出ているのを発見した。4月23日には蕾らしきものもついているのに気づく。5月3日にはそれが三つあり少し膨らんでいるのを確認した。

一昨、昨年と2回14、5本も接ぎ、殆ど失敗したと思ったが、昨年は芽が出て喜んだのもつかの間 、その芽は枯れたのに今年になって新しい芽が出たのはどういうことなのか。
それに何と花蕾までついていたのだ。
しかもこの穂木は地震のさなかに空輸されたものだ。復活、復興のシンボルのようなものではないか。これが感激せずにおられようか。

思わず昨年作った駄句に七七を付け足して腰折れを。花はまだ先である、無茶苦茶だ。
隈府より東都に飛びし蜜柑穂木 地震(なゐ)の翌年 芽吹き花咲く

接ぎ木も挿し木も自然の力を利用した伝統技術だろうが、不思議なものだ。成長した個体の一部だから移植されても、元の木の花芽をつける能力を持ちそのまま発揮する。実生なら花が咲くまで数年かかるのだが、一気に時間を速めるバイオテクノロジーである。

はじめての接ぎ木を体験して、結果がどうなっているかを見るのは楽しいものである。カボスの木に接いだデコポン、レモン、甘夏などがたわわに実るのをずっと夢見ていた二年間だった。農園で園芸を趣味に楽しんでいるM君の気持ちが、ほんの少しだが、分かったような気がする。

M君に報告したら、メールに添付した画像から推定すると、花が咲き実がなる可能性があると喜んでくれて、「①三つの花のうち一つは授粉用にして実が二つなったら一つを摘果し一つを残すか、②人工受粉もせずそのまま三つを大きくし後で二つを摘果する二方法がある」と教えてくれた。
三つとも大きくして食べるものとばかり思っていたのでびっくりした。あなたは欲張りだと家人から笑われる
人工授粉は難しそうなので後者②の方法を選択することにする。周りのかぼすの花が同時に咲いていれば、三つとも実がなる可能性はあるとM君のご託宣。幸いかぼすは、今年も今沢山の白い蕾をつけている。
取らぬみかんの皮算用である。

花芽が出た穂木が何か記録しておかなかったのが残念だが、それが分かるかも知れないという楽しみもある。
M君は、画像の花芽から推定して晩柑種だろうという。

ネットで晩柑種を調べると、文旦(ブンタン)の突然変異種に河内晩柑というのがある。
「大正時代に熊本県河内町で発見された柑橘で、ブンタン系の自然雑種。地域によって「美生柑(みしょうかん)」や「宇和ゴールド」、「ジューシーフルーツ」などと呼ばれることもある。果汁が豊富で果肉がやわらかく、さっぱりとした甘味がある。その外観から「和製グレープフルーツ」ともいわれるが、グレープフルーツのような苦みや酸味はない。サイズは250~450g程度で3月下旬~6月頃に出回る。」とあり何やら美味しそう。

このあと実がなり大きくなることを願うが、この二年の経験からみても、自然は何が起きるかわからない。まだまだ、接ぎ木の楽しみと心配の泣き笑いが続きそうである。


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