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米原万里を読む⑵終「オリガ・モリソヴナの反語法」など [本]

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「不実な美女か貞淑な醜女か」(1994 新潮社)読売文学賞。
通訳にまつわるあれこれ。通訳者を志ざす者にとっては得難い教科書、参考書であることは間違いなかろう。たぶん翻訳者にとっても。しかし、一読すれば、単なる教科書、入門書でないことはすぐに分かる。読んでいると、むかし仕事では通訳のお世話になったことが多く色々思い出した。中国語や英語で露語ではないが、書かれていることは似たようなものだろう。
一番印象的だったのは、ムーディ社やスタンダード&プア社から格付けを取るときにお願いした通訳者の博識、彼女たちも必死で金融知識を予習していたのだろう。トンチンカンな専門用語など一言も使わなかった。

「ロシアは今日も荒れ模様」(1998 日本経済新聞社)
チャーチルは「ロシアは謎の謎、そして謎の中の謎」と言ったとあるが、確かに不思議な国らしい。この本ではその謎が少しは解けるだけでなく、翻って日本のことも解ってくるのが可笑しい。例えば「日本は資本主義国ではない。理想的な社会主義に一番近い国だ。ロシアはそれに向いていない」とロシア人がのたまう。すぐ皆が一方方向に走る、戦後の銀行の護送船団方式や最近の忖度世相を見ると、そうだなと思わずうなづく。
解説者袴田茂樹は米原ブシは独特のノリで誇張にわかに信じがたいようなところもあるが、一種の照れ隠しだと言う。そのようだ。

「オリガ・モリソヴナの反語法」(2002 集英社文庫 ) Bunkamura ドゥマゴ文学賞。
スターリン時代の暗黒、ソヴィエト崩壊後のロシア、1960年代のプラハを舞台に展開する老舞踏家の行方を追う長編小説。文庫本で493ページに及ぶ大作である。「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」と同じく、著者のプラハにおけるソヴィエト学校の経験がその核になっている。がこちらの方が少しフィクション色が濃い。だれでもロシア語に翻訳したら、彼の国の文学愛好者にどう受け止められるだろうかという興味が湧くだろう。
しかし、遠く離れた日本に住む自分にも、当時の社会主義国家の激動が感じられて面白く読了した。執筆に際し読んだという参考文献の量に驚く。

「旅行者の食卓」(2002 文藝春秋)
健啖家、胃丈夫(偉丈婦?)の著者の食べ物にまつわるエッセイ集。解説東海林さだを。
ウオッカのアルコール度は39、41度でもなく40度だとか、不味い「旅行者の朝食」という缶詰があったらしいとか、面白い話が音楽演奏会仕立てで纏められていて楽しい。

「わたし猫語がわかるのよ」日本ペンクラブ(2004 光文社)
題名を見て全部が米原万里の猫随筆かと勘違いしたが、米原万里は「白ネクタイのノワ」と題する一編を載せているのみ。他の作家やエッセイストたちの猫随筆を集めたものだった。ときどきこういう失敗をする。猫随筆もたくさん読むと、皆同じようになってきてつまらなくなる。
浅田次郎の私は猫であるという書き出しで始まる「百匹の猫」だけが面白かった。ペンクラブ会長だけに(ー関係ないが)とぼけた味わいがある。

「パンツの面目 ふんどしの沽券」(2005 筑摩書房)
ちくまに連載されたものを修正、加筆中に病気になる。少女の時の素朴な疑問、通訳者としての難問(固有の文化の言葉をどう伝えるのかなど)を解き明かそうとした「力作」と言えよう。単にシモネッタなどと思うと間違う。パンツの歴史は古く、騎馬民族などは最近のものらしい。論考は多岐にわたり、しかも微細に及ぶのでこれを読み通すには、ふんどしを締めてかかる必要がある。傍線が引かれていて助かる。

「必笑小咄のテクニック」(2005 集英社)
雑誌に連載した小咄の創り方を加筆修正したもの。著者が類い稀なユーモア感覚を持ち、いかにそれを大事なものと思っているかが分かる。苦しい時こそこれが大事と。この本も刊行直前に著者を病魔が襲う。
翻って我がことを思えば、著者の反対のところにいる感じか。大事だと分かるが笑いのセンスに乏しい。それでも俳句、連句、戯れ歌などに興味はあるのだが。
情けないが自分が本当に苦しいとき、彼女のように「ユーモア」に思いが至るか全く自信はない。
この小咄のテクニックは、お笑い芸人にはもってこいの教科書になるだろうというのが読後感とは情けない。

「偉くない「私」が一番自由」佐藤 優編 (2006文藝春秋)
佐藤優編によるロシア料理仕立ての著作集。佐藤は元外交官、作家、大学教授。外務省情報分析官のとき北方領土返還交渉に関わり代議士鈴木宗男逮捕事件に連座、背任等で逮捕、有罪。著書の「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」が話題となる。ついでにこれも読んだ。米原とはロシア繋がりであろう知人の間柄。佐藤の方が10歳若い。
なお、編集はロシア料理のコース仕立てになっている。ロシア料理を知っていれば、個々のエッセイがより味わいも深いものになるのだろうが残念。
米原の文章に「日本の古本屋」で古本をネットで買えると初めて教えられた。便利そうなので早速登録をしてみた。まだ試してはいない。

「打ちのめされるようなすごい本」(2006 文藝春秋)週刊誌などに掲載された書評集。
読書量の膨大なことに驚く。丸谷才一を高く評価している。「笹まくら 」「輝く日の宮」などが「ーようなすごい小説」。その丸谷才一が解説。その解説者も言っているが米原の書評は褒め方が上手い。
書評と無関係だが、文章の中に「猫の脳はヒトの脳と相似形、前頭葉が無いだけ」という記述に会い「前頭葉」をネットで調べてみた。
「前頭葉の持つ実行機能(executive function) と呼ばれる能力は、現在の行動によって生じる未来における結果の認知や、より良い行動の選択、許容され難い社会的応答の無効化と抑圧、物事の類似点や相違点の判断に関する能力と関係している」とある。
どうも猫の表情しぐさは人に近いなと最近強く思うので興味を持ったのだが、こんな実行機能の説明ではさっぱり要領を得ない。

「発明マニア」(2010 文藝春秋)
この本は米原万里が2003年から2006年まで雑誌に掲載したものを、没後収録刊行したもの。文庫本で579ページに達する大作。発明マニアの名に恥じぬ、数多の奇天烈な発明に名を借りた世相、文化評論である。
最後の「国際化時代に最も不向きな対立回避症克服法」は2006.5.21の日付になっているが、米原万里の死去は2006.5.25である。まさに絶筆だが畏れ入るばかりだ。
そもそも日本はアメリカの属領だから外務省はアクセサリーに過ぎないと持論を展開し、アメリカに丁寧なのに反比例して米国以外の国へ発言の不用意なこと、無礼、物騒なことと嘆く。自らのガンのことなど一切書かない。
新井八代なるペンネームで著者が大量の挿絵を描いている。絵は自己流というが、独特の味がある。習わなくとも、もう少し描いたらいっぱしのイラストレーターになっただろう。
米原万里は、もう少し長く生きたら、良い文章と絵をもっと残したに違いない。池田晶子(とその早世)を知った時と同じ気持ちになった。佳人薄命だとしみじみ思う。


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