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村上春樹を読む(その10) ・「辺境・近境」など [本]


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「辺境・近境」(1998 新潮社)は、ロード・エッセイと称する8編が収録されている。
「辺境」のなかでは「ノモンハンの鉄の墓場」が印象に残る。
「近境」では「讃岐・超ディープうどん紀行」が面白かったが、これはどこか別のところで読んだような気もする。
同じく「近境」では、やはり1997年5月の「神戸まで」(書き下ろし)が出色。
前のブログに取り上げた「アンダーグラウンド」を書き上げた後だという興味と、自分が当時作家が歩いたそこに住んでいたので、懐かしい記憶を呼び覚まされながら面白く読んだ。
自分は1995年から1997年7月までの2年間、大阪支店勤務だった。前半1年は、豊中市の一戸建て社宅に住んだ。前任者が住んでいた社宅は芦屋のマンションだったが、地震で損壊して住めなくなったのである。1年後修復されたので戻って、後半1年間は芦屋から大阪は御堂筋の淡路町まで車で通勤した。
マンションは芦屋川の西側に山に沿って建てられ、エレベーターが登山電車のように斜めに昇降する頑丈だが変わった建物。前任者は1月17日定例会議のため上京していて、辛くも難を逃れたのである。
部屋が9階なのでベランダからの夜景は、六甲ランド、ポートアイランドの灯も見えて夜も見事な眺めだった。
前の芦屋川の河原では猪の親子が、時々数頭しきりに餌を求めて徘徊していた。
神戸の事務所は2階建てで一階が潰れ、壊滅的な被害を受け金庫の重要書類などを取り出すことを含め難儀したが、人的災害を免れたのが何よりであった。

大阪支店は兵庫、和歌山、滋賀、京都府の支店、事務所を所管していたが、神戸には取引先も多くて、挨拶と言う名の営業でせっせと通った。西宮、伊丹、灘の清酒メーカー、六甲ランド、ポートアイランド立地の企業などなど。転勤では静岡、新潟、大分、福岡で暮らしたことがあるが、関西は初めてで、しかも初めての単身赴任生活だったので毎日が新鮮な感じだった。

芦屋に住み高校まで育った作家は、2日かけて西宮から神戸までを散歩する。いわばセンチメンタルジャーニー、故郷紀行だが、震災(とサリン事件)の後だからただのそれではない。

神戸を襲った大震災は2年前の1995年1月17日である。その2ヶ月後にサリン事件が起きたとき、アメリカにいた作家は帰国して被害者にインタビューしてノンフィクション「アンダーグラウンド」と(のちにオウム信者へのインタビュー集「約束された場所で」も)を上梓する。
「僕がこの本で書きたかったのは、我々の足下に潜んでいるはずの暴力性についてであった。」と言う。そして、地下鉄サリン事件と阪神大震災は別々のものじゃない、二つは心的で物理的なもの、だという。このあたりは我々読者が正しく理解するには努力が必要かもしれない。
しかし、それとは別にせよ、起きてしまった二つのことに何が出来るかを考えても、自分(作家)にもまだ答えはないともいう。答えを得るまでに時間がかかるが、間に合うだろうか?と危惧するとも。
突然起きた理不尽なカタストロフに対して自分が何が出来るかという問い、これは我々と同じ普通の人の感覚であろう。作家と言えど特別な人間ではないのだから少しもおかしい事ではない。
なお、神戸の震災については直接テーマにした著作は無いが、短編小説集「神の子供達はみなおどる」という地震にまつわる連作があることは前に触れた。

「ノモンハンの鉄の墓場」は、「うずまき鳥クロニクル」を理解するために得るところがあった。
「うずまき鳥クロニクル」では、ノモンハン事件(実質的戦争を「事件」というのは、最近やたらと多い「言い換え」である)の生き残りが重要な語り手で登場するが、暴力は物理的なものでかつ心的なもので別物じゃないのだという作者の意識を思えば、ノモンハン事件が時・空を超えてエピソードとして挿入されている意味も分かるというもの。時を超えてということをクロニクルという言葉で表したのか。
作家のこの小説で書きたかった一つに暴力(性)があり、これは作家の持つ大きなテーマの一つであるが、なかなかどうして分かりにくい。

作家のノモンハンへの旅が小説を書く前でなく後であったということは面白いし、訪ねる前に書いた現地の様子は現実もそのとおりであったと、どこかで書いていたのも面白い。さすがであるが、人は心に浮かばないものは見えないという怖れもないわけではない。

作家は戦跡を歩いた日の深夜2時過ぎ、得体の知れない地震のような激しい揺れを経験することになる。それが大地の揺れでなく作家自身の心の揺れだと知覚する。
「暴力」が物理的かつ心的なもので、過ぎた時間に関係ないという証であろう。村上春樹の小説が少しわかるような気がして、これも収穫のひとつだった。

「雨天炎天 Turkey チャイと兵隊と羊-21日間トルコ一周 」(1990 新潮社)
紀行文というのは、近々その地を訪ねるといった目的意識なく読み始めるとよほど好奇心が強いひとでないと、無理やり旅の道連れにされたようなもので、文章が面白くなければ最後まで読み通せない。まぁ、埒もない読後感想の「辺境ブログ」文よりはもちろんましだが。
この旅行記では、トルコ東部高地ヴァン湖の泳ぐヴァン猫の話が面白かった。作家が絨毯屋とグルのホテルマンの誘いに乗り、猫を見たさに絨毯屋に案内される。幸い世にも珍しいヴァン猫にも会えたが、絨毯を買うことにもなるのが面白い。自分だったら、きっと同じようなことをしたに違いないと思う。
ネットによればヴァン猫は、世界に1000匹ほどしかいない希少種という。可愛らしい顔をして、瞳が青もしくは琥珀色、または片方が青で、もう片方が琥珀色というのもいるというのだからすごい。しかも写真で見ると上品な猫である。
水を怖がらずに泳ぐ猫としても知られる。トルコのヴァン県原産。(写真はネットから拝借した)




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