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カズオ・イシグロ「日の名残り」ーマナーハウスとカントリーハウスのことなど [本]



前から気になっていた小説を読んだ。1989(H1)年に書かれたカズオ・イシグロ著「日の名残りTheRemains of the Days」土屋政雄 訳(1984 )である。1994年中公文庫版(中央公論社)。

題名などからたぶん老人の想いをテーマにしたものと思われるし、作者は若い日系人であることなどが、自分がこの小説をなんとなく気になっていた理由であると思う。書評を読んだ記憶はないのだが。

「日の名残り」はイギリスのカントリー・ハウスにおいて執事(butler )として勤務していた主人公スティーブンスの6日間のドライブ(小旅行)の間、過ぎた日々の回想や考えたことをモノローグ(独白)で書き記した長編である。

執事という職業はイギリスにしかなく、他の国のそれは召使である、と言われるほど、英国人にとって執事という職の持つ意味合いに独特のものがある。スティーブンスが目指す執事は「品格」を持った完璧な専門職のバトラーである。
ナチスに迎合したとして第二次世界大戦後に名誉が失墜した主人ダーリントン卿が死去すると、その屋敷であったダーリントン・ホールはアメリカ人の実業家ファラデイに売却される。執事込みで。
英国の社会構造が大きく変化した 第二次世界大戦後の1950年代には同様の例が多く発生した。斜陽にある当時の貴族社会に仕える使用人の回想を、初老にある主人公の同僚だった女中頭ミス ケントンとの仄かな恋愛と共に描いている。
作者が35歳の時に書いたこの小説は、英語圏を代表する文学賞であるブッカー賞を受賞するなど高く評価され映画化もおこなわれた。イシグロにはほかに「わたしを離さないで」(2005)などがある。

著者のカズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro 石黒 一雄、1954年 - )氏は、長崎県出身でロンドン在住の日系イギリス人作家である。
彼は5歳から海洋学者である父と家族とともに英国に暮らし、日本語を知らぬ英国人作家だが、彼の小説は日本のことが全く書かれていないものでも日本的なものを何かを持っているという読み方をする人もいる。
この「日の名残り」もそう読む人がいる。人生のたそがれとか時のうつろいとかの侘び、寂びであろうか、不学の自分には良くわからぬが、どこでどう育とうと両親とも日本人なのだし、日本的なのは当たり前だと思うのだが。DNAやミトコンドリアなどを持ち出すまでもなく。

小説は、邦訳も良いのか推理小説にも似て、時に過去の記述になり、すぐ今に戻るなどの語り口で読みやすく一気に読み終えた。
まずは、35歳の若さでこのテーマで、初老の男の心境を書いた作者の力量に感心した。

一読した感想ではこの小説のテーマは高い職業観、職業倫理を求める代わりに喪うもの、人の品格、人生のたそがれ、無常などであろうが、読む人によってかなり異なるのではないかという印象だった。作者も明確な呈示をしていないようにみえる。
題名の「日の名残り」原題「The Remains of the Days」にしても、辞書ではremain には遺跡 、遺体 、なきがら 、余り 、名残りなどの意味があるけれど、訳者もあとがきで言っているように「1日の終わりのわびしい時」には違いないにしても「What Remains of the Days 」とすれば1日のまだ残っている部分となり「夕方から夜にかけての愉しむべき時間」と意味が別のものになるという。
たしかに、作者は小説の終章で知り合った60代後半の男にこう言わせる。
「人生、楽しまなくっちゃ。夕方が一日でいちばん良い時期なんだ。脚を伸ばして、のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。わしはそう思う。みんなにも尋ねてごらんよ。夕方が一日でいちばんいい時期だって言うよ。」

主人公も「人生が思いどおりにいかなかったからといって、後ろばかり向き、自分を責めてみても、それは詮無いことです。」と職場のダーリントンホールに帰ったら苦手なジョークでも学びなおして、新たな気持ちで仕事を再開しようと誓うところで小説は終わる。

このように多義的に読める小説だが、自分は、日の名残りも少なくなった年齢のせいであろう「たそがれ」派である。たそがれ時は寂しいことの方が多いが、たまさかしみじみとした時間を持つこともある。夜のはなやぎを愉しむ力は、残念ながら湧き出てこない。

以下は余談である。小説とまったく無関係ではないけれど、他愛のない英国管見なので御用とお急ぎのかたはパスが賢明。

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もう15年も昔になるが、スコットランドへ行った時、ロンドンから南東部へ2時間ほど車で走ればカンタベリーに行けるというので、連れて行って貰った。
世界遺産 カンタベリー大聖堂は、イングランド国教会の総本山でイングランド南東部ケント州にある宗教都市カンタベリーにある。
途中お昼をマナーハウスのレストランで食べた。対岸の大陸を挟む海峡と近いのでドーバーソールが名物と教えられた。
そのときマナーハウス (manor house) なるものを初めて知ったが、中世ヨーロッパにおける荘園(マナー)で、貴族やジェントリに属する地主(荘園領主)が建設した邸宅のことである。周知のようにジェントリは下級地主層の総称である。
マナーの語源はマンション(mansion)と同じで、どちらも領主などが「滞在する」という意味のラテン語 manēre から派生した言葉という。その規模はかなり幅があるとのことだが立ち寄ったのは中規模というところか。

中世以降のカントリー・ハウスとほぼ同じようなものであるが、マナーハウスは時代が古くやや下級に位置する貴族が所有する邸宅であり、中世農業社会の封建制における領土管理機構の最小単位としての役割を持っていた、などの相違点があるとものの本にある。

「日の名残り」の舞台となるカントリー・ハウス (English country house) の方はブリテン島の農村において貴族およびジェントリの住居として建設された邸宅をさすが、多くのカントリー・ハウスは16世紀から1914年までの期間に建てられ、二度の世界大戦による荒廃の危機を乗り越えた邸宅が現在1500から2000棟あまり残存し一般に公開されているという。
「カントリー・シート (country seat)」、「グレイト・ハウス (great house)」「ステイトリー・ホーム」などと呼ばれるものも同じものとか。
かくのごとく名称としてはハウス (house)、ホール (hall)、カースル (castle)、パーク (park)、パレス (palace)、コート (court)、アビー (abbey)、プライオリ (priory)、グランジ(grange) などの呼称が用いられ、これらはそれぞれの建物の由来からきているという。

これらの名称の多くは我が国の高級マンションのネーミングによく使われているが、「アビー」は聞いたことが無い。アビーは修道院であるからいたしかたあるまい。けれども、1536年の修道院解散法による修道院財産処分(教会からの払い下げ)が、カントリーハウスのそもそもというから面白い。

「日の名残り」の背景は第二次世界大戦の英国の対独、対仏の時代であるが、自分の興味はイギリス農村経済にも向いた。主人公が新主人ファラディ氏から借りた借りた車、フォードが走る農村の描写はことに気になりつつ読んだ。

日英関係は政治面で言えば、幕末1863年の日英戦争薩英戦争が、大きな契機となる。その後、両国の対露政策から日英同盟が1902年(M35)日露戦争を機に締結され、1923年(T12)失効するまで21年の長い間続いた。第一次世界大戦はこの同盟下で日本は連合国として参戦、第二次世界大戦では敵対国となる。

イギリスという国は、同じ島国であるからか、まことに興味深い。王室があり、かつて日が沈まぬ国と言われた歴史を持ち今でも豪州やNZのように宗主国としている国まであり、かたやある意味で強烈な身分社会で、差別のきわみともとれるものが存在する国でもある。

日英はともに古い歴史があり、王室、皇室をもつなど似た側面もある。大陸と一衣帯水の地勢もそのひとつである。
しかし、現実的には連邦国家と単一国家、宗教、民主思想、今次大戦の戦勝国と敗戦国の差など、違いの方が大きいとみるのが適切だろう。
例えば農村と都市のありよう。英国の農村は単なる都市の衛星圏、ヒンターランドとも違うようだ。詳しいわけではないが、両者に対等感みたいなものがある。

また、一例だが食料自給率一つをとっても、数字と方向性に大変な差がある。農水省試算によれば、我が国の食料自給率(カロリーベース)は40%でなお下げ傾向であり、かの国はいったんは下げたが、69%(2005)と回復した。歴史を含めて農村、農業に対する国民の意識の違いが、根底に潜んでいるのではないかと疑う。

これから日英はどういう道を歩むのか、あらためて興味が湧いてきたのは、もちろん「日の名残り」を読んだせいだけではないが、そのきっかけにはなったような気がする。

絵は英南東部のバッキンガムシャーにあるというロスチャイルド家のワデスドンマナーハウス。仏シャトー風という。
ネタ写真はネットから借用、おゆるしあれ。F4ウォーターフォード 細目。

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