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猫おばさんと鳥おじさん [猫]

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野良猫にごはんを食べさせるおばさんのことが、テレビで放映されたのを見たことがある。日本では瀬戸内海のどこかの島だったか。外国のものもあった。時間になると食事が鍋などで運ばれ猫がたくさん集まる。
そのことの是非には賛否両論あって、やや野良猫が増えるのは困るという派が多いか。
猫好きで猫に好かれるそのおばさんは限りなく優しい顔をしている。
自分は見たことはないが、家の近所にも猫おばさんはいるらしい。お腹をすかした猫を見るにしのびないのだろうが、毎日のことだからたいへんなことだ。
男はまずこういうことはしないだろう。猫おじさんというのは聞いたことがない。
女性は本質的に動物にも優しいのだろうか。とにかく餌がない可哀そうな猫が現実にいるのだから議論などより行動よ、という感じ。
我が家では、ひょんなことから家で猫を飼うようになってもう6年ほどになるが、もと野良なのでまだまだ外に出たがる。外に出さないのは餌の心配もあるが、このあたりは車も多いので事故が怖いのだ。リフォームのときに作った猫の出入り口はまだ使ったことがない。
一般的には外猫(そとねこ)が多いから、猫おばさんは猫にとって頼りになる存在なのだろうと分かる。

かたや、家の近くの団地には鳥おじさんがいる。いつも同じ場所でパンくずのようなものをちぎってはほぼ真上に野球のピッチャーよろしく投げ上げている。高さは5、6メートルか。空中で雀がそれを上手に口で捉えるのが面白いらしく、飽かずに繰り返す。鳩もパンくずを追うことがある。ときにむくどり、大きなヒヨドリも参加していたのを見たことがある。
鳥たちは地面に落ちた獲物をついばんだりもして、ひと気の少ない団地の一角がいっとき賑やかになる。
子供がお寺の鳩に餌をやったり、池の鴨たちにパンくずを与えるのとちょっと雰囲気が違って、孤独感らしきものを感じさせる。見る者が老人だからであろう。
おじさんは定年前後の風情。高齢者では、体力的にパンを投げ上げ続けることはできまい。
これは、空腹雀への憐憫の情からではないと見た。むしろ、「狩り」の快感の変形ではないかという気がする。釣りも太古の狩りの快感が残っているから、愛好者が多いのだと何かで読んだことがある。
こういう小鳥との遊びは、女性はたぶんやらないだろう。体力的にとかでなく、(パンがもったいないという意識はありそうだが)それより現実的に鳥たちが野に餌が少なくて可哀想だとは思わないのではないか。都会にも鳥の餌は結構ある。カラスが良い例。カラスおばさんなどは、聞いたことが無く、いるはずもない。

人間は女がデフォルト、男は女のカスタマイズされたものと本で読んだことがあるが、いつもながら、男と女はずいぶん違うと思う。その違いの根底にあるのはもちろん、何万年と続いてきた種の維持のためのものにほかならないが、現代生活に現れる現象は微妙で何やら可笑しい。

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