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パウルクレーの水彩画(2)晩年のクレーの絵 [絵]

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「ドゥルカマラ 島Insura Dulcamara」(1938 Oil on newsprint mounted on burlap )もクレーにしては珍しく、ー大きな絵だ。絵の大きさは88×176cm。(burlapは黄麻布、ジュートのことか)。
スイスのベルンにある美術館「パウル・クレー・センター」に所蔵された四千点あまりのクレー作品の中で、横長の最大作品である。
クレーの晩年の大作といわれる。淡く優しい色彩と自由に伸びる線で構成された不思議な絵で、見方によっては大きな動物がいるようにも、優しい少女の顔のようにも見える。
“ドゥルカマラ島”はどこにもない架空の島である。

ドゥルカマラとはラテン語で、形容詞の「甘い」と「苦い」を組み合わせた造語という。ヨーロッパには同名の鮮やかで透き通った赤い実が実在している。しかしこの実は有毒で食用にならない。(学名 Solanum dulcamara 和名ビタースィート)
クレーは、毒のある赤い実がなる島をなぜ描いたのか、何を言おうとしたのか。クレーは極めて真面目で意味のないことは描かなかった。皆それぞれに意味があるが説明をしていないだけだろう。見るものが感じなければならない。鑑賞眼がないと、騙し絵か、手抜きの子供の描いた無意味な絵で終わる。そう思うと鑑賞者は、絵の前から立ち去れないことにもなる。

クレーが難病の進行性皮膚硬化症 になるのは1935年56歳の時、以来61歳で亡くなるまで5年間、闘病生活を続けながら膨大な作品を描いた。この「ドゥルカマラ島」は、1938年だから闘病中の作品ということになるが、真に絵の言わんとしていることは何かは分からないにしても、青、黄緑、ピンクなど基調の色の何と明るいことか。それだけに、のたうつような黒い線が目立つことになるのだが。

死の前年1939 年にはデッサンを含め1253点 も描いたという。生涯作品点数は一万点とも言われるが、その12%ということになる膨大な数だ。毎日3点強 の驚異的なペース 。1940年は6 月に亡くなるまでの半年間に、実に398点を描いたという。恐るべき制作意欲、気力としかいいようが無い。
クレーの没年1940年は、本題と無関係ながら私の生年であるが、晩年のクレーの作品を見るとき、この時の世界の時代背景は重要である。日本は紀元2600年、日独伊三国同盟締結。翌年12月太平洋戦争に突入する。ドイツのヒットラーによって頽廃芸術の烙印を押されたクレーは1933年故郷スイスに亡命して、愛妻リリーと7年間ひっそりと病を養い絵を描いて暮らしていた時期である。

そして最後に「死と浄化Death and Fire 」(1940、油彩、黄麻布)と「死の天使」(1940、油彩、麻布)の作品に到達する。 
前者はおそらく、ブラック・ユーモアを含んだ作品に仕上げるつもりだったのであろうと言われているが、それにしては悪意を含んだ白眼を剥いて鑑賞者を睨みつけ、冷笑しているような、死化粧をほどこしたような灰色の顔である。左のTと球体Oと顔の形Dは、ドイツ語で死を意味する「Tod」の文字で構成されている。彼は死神なのかも知れない。そして、まばらな黒く太い線には救いがたい絶望感がこめられ、その手に黄色の球体を持っている。この球体は死神によって、今まさに運び去られようとする死者の魂そのものかとも見える。また、右後方を歩むのは櫂を持っ人は三途の川の渡し守にみえる。
後者の絵もも左の人物の二つの眼が怖い。左下の五角形の穴は何を表すのか。
題の「死の天使」は息子のフェリックス・クレーが後から付けたのだろうか。
クレーはかつて息子に言った 、という。
「死は少しもいとわしいことではない。ぼくはずっと以前に死と折り合いをつけてしまった。今の人生と将来の人生とどちらが大切か人は知っているのだろうか。もしぼくがこのうえ二、三のよい仕事を創り上げたならば、ぼくは喜んで死んでゆきたい」。

最近読んだ佐谷和彦「佐谷画廊の30年」(2006みすゞ書房)で佐谷さんは、クレーの晩年のこの二つの絵についてこう言っている。
「そして最後に「死の天使」(1940、油彩、麻布)「死と浄化」(1940、油彩、黄麻布)の両作品に到達する。
この2点の作品は鎮魂歌、レクエイエムである黄泉の国に旅立つ前に、あらかじめレクエイエムを描き残してこの世を去ったパウルクレー。このような画家を私は寡聞にして知らない」

詩人谷川俊太郎は、「死と浄化」の絵を見てこう歌った。
「死と炎」
かわりにしんでくれるひとがいないので
わたしはじぶんでしななければならない
だれのほねでもない
わたしはわたしのほねになる
かなしみ
かわのながれ
ひとびとのおしゃべり
あさつゆにぬれたくものす
そのどれひとつとして
わたしはたずさえていくことができない
せめてすきなうただけは
きこえていてはくれぬだろうか
わたしのほねのみみに(1995「クレーの絵本」谷川俊太郎 講談社)

クレーの絶筆は、最後に移り住んだロカルノ近郊のサンタニェーゼ療養所のイーゼルに架けられていた静物画「無題」(1940画布 油彩)であるとする人もいるが、この「死と浄化Death and Fire」こそがクレーの絶筆のように思える。
ところで最後までイーゼルにあった静物画にも、よく見ると床に落ちている画中画に天使らしきものが描かれている。天使は確かに晩年のクレーのテーマだったのだろう。

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亡くなる1939年には、この頃の作風は手がうまく動かないこともあって、単純化された細い線による独特の造形が主なものとなる。一時期は背もたれのある椅子に座り、白い画用紙に黒い線を引くことにより、天使などの形を描いては床に画用紙を落とす事を繰り返していたという。それが有名な天使(シリーズ)の絵だ。

その天使の絵に心を打たれた詩人谷川俊太郎は「クレーの天使」(2000 講談社)という詩集を出している。その中の有名な一編。

「忘れっぽい天使」(Vergesslicher Engel, 1939)
くりかえすこと
くりかえしくりかえすこと
そこにあらわれてくるものにささえられ
きえさってゆくものにいらだって
いきてきた
わすれっぽいてんしがともだち
かれはほほえみながら うらぎり
すぐかぜにきえてしまううたで
なぐさめる
ああ そうだったのか と
すべてがふにおちて
しんでゆくことができるだろうか
さわやかなあきらめのうちに
あるはれたあさ
ありたちはきぜわしくゆききし
かなたのうみで いるかどもははねまわる

この天使シリーズが描かれた時期は、1939年~1940年で最後の2年間に集中している。 このことはどういうことだろうか。つまり、何故天使なのか。
詩人は次のように言う。「クレーは繰り返し天使をデッサンしていて、それらは造形としては諧謔に満ちているが、底に流れる感情は決して単純なものではないと私は思う。クレーの生きた時代と、私たちがいま生きている時代は同時代なのだと、そう思わせるものを彼のデッサンは持っている」「クレーの絵本」(ー魂の住む絵ー)。

これはまさに正しいが、そうならば一刻も速くクレーの絵を読み解き策を講じなければならぬ。詩人は、なぜクレーが天使を死の間際に描いたのかには言及していない。我々ひとりひとりが考えねばならないのだろう。
ナチスといえども天使なら文句のつけようもあるまいといった単純なものではない。
たぶん天使は、画家本人、当時の人間、為政者などで、紛れもなく今の我々自身でもあろう。
ヒントは時代背景と絵につけられたクレーの題名だろうと思う。絵自体とそれしかない。クレーの天使の絵にいくら着色しても、詩をつけても解決しないで謎は深まるばかりだ、としみじみ考え込まざるを得ないが、知恵を集めればその解明はできないことでもなさそうな気もする。

天使のデッサンに添えられた題名、忘れっぽい天使、忘れっぽい何処かの政治家がいなかったか。世襲政治家ならずとも「途方もない後継者」、「現世での最後の一歩」、「老いた音楽家が天使のふりをする」、「幼稚園の天使」、「どうかしてしまった」、「妖精エルフ」。エトセトラ。抜き出して書いて見ると、何かが、彷彿として浮かんできそうだ。

クレーの晩年の絵には、壮年の傑作とまた違った味合い深い絵が多い。たぶん自分が齢をとったからに違いない。

「The Sour Tree 酸っぱい木」(1939 Watercolor on paper on cardboard )
「A Prisoner is led Away 離れ繋がれた囚人」(1939 Watercolor on paper on cardboard)
「Antiquated Industry時代遅れの産業」(1940 Watercolor and colored paste on paper)

挙げればきりがない。題の和訳は筆者。間違っているあるいはもっと良い訳があるかもしれぬ。
本邦にも日本パウル・クレー協会なるものがあって会員は千人近くになるそうだが、この画家のファンが多いのはよく理解できるというもの。射撃協会で無くて良かった。
蛇足ながら。
クレーは、クローバーのドイツ語。花言葉は幸運、約束、復讐などなど。

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